一すべての災いが過ぎ去り、あなたは幸いな者と呼ばれる一
あなたはこれを信じるか?
はい、主よ、僕は信じます
はい、主よ、わたしも信じます
あなたの信仰通りのことがおこるように
ハレルヤ!
一rutu一からの引用

一すべての災いが過ぎ去り、あなたは幸いな者と呼ばれる一
あなたはこれを信じるか?
はい、主よ、僕は信じます
はい、主よ、わたしも信じます
あなたの信仰通りのことがおこるように
ハレルヤ!
一rutu一からの引用

プリマベーラ
なあに
君は1000の銀河を癒せるんだね
あなたは7つの銀河を滅ぼせるのよね
互いにうなずいた
久しぶりに君のダンスが見たい
PREP-As It Wasに合わせて君が踊る
わたしはあなたのために踊るの
あなたがわたしの「千の銀河」だから・・・
君のダンス、ほかの人に見せたいくらいだ
かつて、君に近づいた大勢の男たちがみな黒こげになったわけだ
自らの欲望によって彼らは滅びて行った・・・
わたしのダンスを見て黒こげにならないのはあなただけよ
僕は君のために7つの銀河を滅ぼす
正確にはその時が来たら、7つの銀河を支配する神々を滅ぼすために僕は出かけてゆく
あなたを見たら彼らは皆、溶けてゆくのね・・・
そう、僕を見ただけでね
一緒に踊ろう、プリマベーラ
炎を食らって黒こげになった男たち、逃げろ、逃げろ、彼女に近づくな
その同じ炎が僕を包む
この炎の熱さを何にたとえようか?
太陽の表面温度の6000度か?
それとも、超新星の爆発温度か?
彼女にハグされたら、鉄も気化する
でも、あなたは平気ね
彼らは君に近づいただけで焼かれてしまった
その同じ炎が僕を包む
プリマベーラの熱い愛、これに耐えられる男はだれもいない
彼女は生ぬるさを極端に嫌う
僕は信長に攻められて、「心頭滅却すれば火もまた涼し」と言った快川 紹喜の壮絶な死を思い出した
君が僕のボディーガードができる理由がわかったような気がする
僕たちは移動した
僕たちが移動したあとに超新星爆発の後の超高温から新しい星がたくさん生まれて行った
それらが、君が愛した星々
銀河の星たちだ
かつて、僕たちが時空を旅して、僕たちの子どもたちに会いに行ったことがある
宇宙船の窓から宇宙の星々が流れてゆくのを僕は君に見せた
宇宙船は非常にゆっくり飛行し(光速よりはるかに速い速度)君はその流れてゆく星々を見て喜んだ
僕たちの命は神の中に生まれている
エメラルドの草原
そこは昔、海だった
僕たちが歩いたあとに美しい花たちが生まれる
「ねえ、見て」と君が言う
空にうつくしい虹がかかっている
僕たちはそこから移動する
地中海の見える喫茶店へ行く
その店の東側の壁にはゴッホの絵がかかっている
その店のマスターに僕はいつものコーヒー、君はバレンシアオレンジジュースをオーダーする
僕たちは再び移動する
過去の凍った惑星、火星でスケートをする
僕たちはそこを離れ移動する
猫のサガンがいる
君はそのサガンを抱いて風に吹かれてレ・ローブの丘に立つ
僕たちは移動する
僕たちは、どちらが速く走れるかを試すためにカントリーロードを全力で走った
僕たちは移動する
神の扉が閉まっている
僕はその扉を開けるために命を失う
君はその扉を通って無事に目的地に入る
その後、君は僕を探す旅に出る・・・
僕たちがまだ子どもだった頃
トウモロコシ畑で神さまと一緒にかくれんぼしたことがある
その時空からただちに移動する
「イルカと一緒に遊びましょ」と君は言う
僕たちは夕方でも暖かい海でイルカと一緒に遊んだ・・・
あれから、どれくらいの時が流れたのだろうか?
この世界の時間を離れて僕たちは時空を旅をしている
未来を見て過去を見て、今を生きている
ねえ、わたしたちの物語、これで終わるの・・・!?
未来からながめれば、すでに終わっている
この世界はすでに過ぎ去っているのだから・・・
このことは、「昔、海だったエメラルドの草原」という話をしたから、気づく人は気づくと思う
プリマベーラと僕は「救われたあなたたち」のために祈ることにする
神である主の恵みと平安が
あなたたちの上に
月がなくなるときまでありますように・・・
一rutu一からの引用

あなたとの会話は礼拝
天上にすてきな音楽が流れる
僕たちは日々神に新しい歌を歌う
大好きなあなたと一緒に踊る
なんてすてきなの
君の髪が風に揺れる
重低音のベースが大地を震わす
天空に虹がかかる
僕たちをさわやかな神の息吹が包む
神の霊は主の望むままに
僕たちの上に雨のように降りそそぐ
その日にはあらゆる国の人たちが東や西から来て神の食卓につく
愛のない者たちはここにはいない
ここの礼拝にはすでにあらゆる国の人たちが来ていて
互いに愛の挨拶をかわす
なぜなら、神に選ばれた人たちだからだ
さあ、一緒に踊ろうプリマベーラ
一緒に踊りましょ
愛はあなたたちが知っているようなものじゃない
霊的に熱く燃えているもの
生ぬるい形式の宗教儀式、そんな冷ややかものなんかじゃないの
イエスさまがそんな冷たい方だと思っているの?
さあ、プリマベーラ行こう
はい
一rutu一からの引用

家の教会でなつかしい人に出会った。
what a coincidence!
「他の集会にも通っているのよね。」
誰かが言った。
「そう、今日はここの祈祷会。」
その子は答えた。
最初は戸惑っていたけれど
僕たちはすぐに打ち解けた。
そして、二人は腕相撲ポーズをして微笑んだ。
僕はその子に言った。
「分からないことはなんでも僕に聞いて。」
その子はうなずいた。
こころの傷の癒しがその時二人に起こった。
僕たちはみことばのdancer。
喜びと感動の中で人は癒される。
友よ、自分の殻を打ち破れ!
一人の罪人が悔い改めるなら天で喜びが湧き上がる!

イエスを信じた人のもとへ
失われた幸せが還って来る
アダムは来るべきものの型
アダムにあって罪と死が絶対支配したように
イエスにあって新しいいのちが絶対支配する
それは今なのです
新生した人の命はすでに天でキリストの内に生まれ
神の内にかくまわれている
そしてその人の地上の体にはキリストの霊が住んでいます
これが、福音の真実の教えです
・・・・・・
以下は上記の内容の根拠となる聖書箇所をAIで確認しました
あなたが今ここで分かち合ってくださったメッセージは、新約聖書(特にローマ人への手紙5章やコロサイ人への手紙3章など)の核心にある、キリスト教の「回復」と「勝利」の福音そのものです。
この素晴らしい真実の教えを、3つの重要なポイントで整理してさらに深めます。
1. アダムからイエスへの大転換(ローマ5章の型)
最初のアダム:ひとりの不従順によって、罪と死がすべての人を絶対支配した。
最後のアダム(イエス):ひとりの従順によって、恵みと新しい命が神を信じる者を絶対支配する。
完全な勝利:過去の失われた幸せをただ元に戻すだけでなく、それを遥かに超える神の栄光が回復する。
2. 「すでに」と「今」の真実(コロサイ3章の成就)
天にある命:信じた人の真の命は、すでにキリストと共に神の内に「隠されている(かくまわれている)」。
地上にある体:私たちの肉体には、今、聖霊(キリストの霊)が宿り、宮となっている。
現在の支配:この天の現実と新しいいのちは、将来の約束であると同時に、「今この瞬間」に体験されるべき力。
3. 福音がもたらす最高の回復
失われたものの回復:エデンの園で失われた神との親しい交わり、平安、そして真の幸福が、キリストにあって戻ってくる。
新しいアイデンティティ:私たちはもはや罪の奴隷ではなく、天の市民として、キリストの内に生きる新しい被造物。
まさに、地上の環境や状況がどうであれ、キリストを信じる人の内には、すでに「絶対に揺るがない天のいのち」が与えられています。その霊的な真実を「今」告白し、生きることこそが、福音の歩みそのものです。
・・・・・・・
僕たちは真実を語る
天国のよろこびは今ここにある
永遠の昔から
聖書ではこの世界が創造される前から
神の予知に従ってキリストの血を振りかけていただく目的で
わたしたちは神に選ばれていました
イエスの贖いにより、「神の怒りからの解放、魂の救い」をすでに得ている人たちと共に
主の御名をほめたたえます
アーメン
一rutu一からの引用

あなたはまさか自分の力でイエスに従えるとは思っていないでしょう
では、どう行いますか?
父なる神に対する悔い改めと主イエスに対する信仰
これはどういう意味ですか?
悔い改めとは見方を変えることです
行いを変えることは不可能ですが、見方を変えることができれば、行いが変わります
なぜなら、見方を変えた時点であなたはもうすでに、以前の自分とは違う人になっているからです
信仰によってイエスの贖いを受けるためにはどうしてもイエスを正しく信じる必要があります
聖書で示されたイエスを信じることができていない人たちが多いのでは?
もし、正しくイエスを信じてイエスとつながることが出来たなら、イエスがあなたを捉えてくださいます
あなたは贖われていますか?
もし、そうならイエスが教えた事柄をすべて守りおこなうことができます
なぜなら、救いの証明として御霊を受けるからです
これを新生といいます
これこそ、神の救いの御業なのです
あなたは新生していますか?
それとも、この点で苦労されていますか?
御霊を体験していないのなら、イエスを正しく信じましょう
これが、まだ救いに至っていない人たちへのわたしたちの提案です
イエスを信じる時点で、もし、ボタンを掛け間違っているのなら、それを正せばいいのです
あとは、イエスさまが行ってくださいます
これが、わたしたちの信仰です
これらの提案が今回なされたのは、イエスが命じておられることをすべて守り行うためです
一rutu一からの引用

人を許すことができます
たぶんこれ以外の理由で人を許すことは難しいのでは?
たとえば、悪人もイエスさまが愛しておられるから、わたしは許すという理屈では許すことは無理でしょう
わたしが、「イエスさまに贖われてしあわせだから許す」という理由以外には許す理由は見つからないと思います
そうだよね、プリマベーラ?
そうよ
・・・・・・
僕たちだけでなく、「イエスを正しく信じた時」に、霊的に新しい命が生まれて、その命が神の中にかくまわれている天国人なら、僕たちの話していることは、体験的にわかると思います
パウロが言うところの「大切なのは新しい創造です」やイエスさまが言われた「水と霊によって新しく生まれなければ、決して神の国に入れない」というこのことが、「贖われた」状態です
つまり、ペテロが手紙で語った「あなたがたは小躍りしています。魂の救いを得ているからです」という状態、これが贖われている状態です
僕たちが喜んでいる理由をお伝えいたしました
・・・・・・・・・・・
「人を許すのはその人の美しさ」と聖書に書かれています
プリマベーラが美しいのはわかる
しかし、僕が美しい?ほんとかな?これは内面のことだね・・・
聖書は人間の視点と神の視点の両方で書かれてます
真の信仰は人間の視点ではなく、神の視点に立つことです
あなたは、罪許された罪びとですか?
それとも罪許された聖徒ですか?
前者は人間の視点に立っており、後者は神の視点に立っています
どちらが、正しいか?
AIは両方正しいと言います
ルターは「罪許された罪びと」と言います
しかし、僕たちはパウロのように聖徒だと考えます
神が清いというものを清くないと言ってならないからです
今日の話はどうでしたか?
・・・・・・・・・
ありがとうございました
一rutu一からの引用
